2022年11月13日。

岡山県倉敷市に住む、中学3年生の少年が自宅を出た。

その日の夕方、母親のもとにLINEが届いている。

「6時頃帰る」

ごく普通の、家族への連絡。

しかし、実際のその時間は、少年は自宅へ帰る途中ではなく岡山県から遠く離れた瀬戸内海を渡る船の上にいたとみられている。

少年はなぜ、島へ向かったのか。

そして翌朝、島に残されていたのは、スマートフォンと持っていた本。

少年本人の姿はどこにもなかった。

それから3年以上。

現在も、彼の行方は分かっていない。

梶谷恭暉さん行方不明――突然いなくなった中学3年生

行方不明になっているのは岡山県倉敷市に住んでいた梶谷恭暉(かじたにみつき)さん。

当時14歳の中学3年生だった。

2022年11月13日午後2時30分ごろ、自宅を出たあとにそのまま行方が分からなくなった。

当時の報道によると、家族には塾に行くと伝えて家を出たとされている。

だが、その後確認された足取りは塾へ向かうものではなかった。

★岡山県警ホームページ

自転車を残し、倉敷駅から電車へ

その後、防犯カメラなどから少しずつ足取りが判明していく。

午後2時30分ごろ。

恭暉さんは倉敷駅北口付近のショッピングセンターの敷地に自転車を置いたとされている。

そしてJR倉敷駅へ。

そこから山陽本線を使い、向かった先は、広島県三原市。

距離は75.6㎞、県を越えて中学生が一人で移動していたことになる。

三原駅に到着したとみられる恭暉さんは、そこで引き返すことはなかった。

次に向かったのは、三原港だった。

少年は一人で瀬戸内海を渡った

三原港の防犯カメラにも、恭暉さんとみられる人物が確認されている。

そしてそのまま船に乗り、瀬戸内海に浮かぶ生口島(いくちじま)へ向かったとみられている。

ここで、この行方不明事案の中でも特に不可解な出来事が起こる。

午後5時23分。

母親のスマートフォンに、恭暉さんから6時頃帰るとLINEが入る。

しかし報道によれば、このメッセージを送った時間、恭暉さんは瀬戸内海を船で移動していたとみられている。

つまり午後6時ごろに倉敷の自宅へ戻ることは、現実的には難しい場所にいた。

※瀬戸内海のイメージ

生口島で発見されたスマートフォン

翌日、11月14日。

恭暉さんが向かったとみられる広島県尾道市・生口島で、彼の所持品が発見された。

見つかったのは、スマートフォンと本。

発見場所は島内の路上だったと報じられている。

しかし、恭暉さん本人はいなかった。

その後、海上を含む捜索も行われたが、発見には至らなかった。

一方で、すべての持ち物が残されていたわけではない。

報道によれば、当時持っていたとされる財布、イヤホン、傘などは発見されていない。

スマートフォンと本を残して、恭暉さんはどこへ向かったのか。

ここから先、確かな足取りは途切れている。

※恭暉さんの所持品が発見された広島県尾道市・生口島

生口島はまったく知らない場所ではなかった

なぜ恭暉さんは、生口島へ向かったのか。

母親によれば、恭暉さんは中学2年生のとき、レクリエーションで生口島をサイクリングした経験があったという。

つまり、偶然たどり着いた未知の島ではなく、以前訪れたことのある場所へ一人で再び向かった。

だが、その目的までは分かっていない。

行方不明になる前、卒業を控え進路について悩むこともあったと報じられている。

ただし、それと失踪との関係は確認されておらず、なぜ自宅を離れ、生口島へ向かったのかは現在も不明だ。

3年間で寄せられた195件の情報

行方不明になったあと、全国から目撃情報が寄せられた。

そして2025年11月、行方不明から3年。

警察によると、これまでに寄せられた情報は195件。

しかし、発見につながる有力な情報は得られていないという。

行方不明当日には、いくつもの場所で足取りを追うことができた。

それなのに、生口島を境に、その先だけが分からない。

「6時頃帰る」という言葉は、今も残っている。

家族なら、何気なく受け取ってしまいそうな短いメッセージだ。

だが、そのメッセージから3年以上が経過した。

2025年11月にも母親と警察官がJR岡山駅でチラシを配り、情報提供を呼びかけている。

※山陽新聞より

当時14歳だった少年は、現在ならすでに高校を卒業する年齢になっている。

生口島からさらに別の場所へ向かったのか。

誰かと接触したのか。

それとも、まったく別の事情があったのか。

さまざまな可能性を想像することはできるが、現在公表されている情報だけでは、そのどれかを事実として語ることはできない。

梶谷恭暉さんの情報提供について

行方不明当時の恭暉さんは、身長約170cm、体重約65kg。

色白で丸顔、黒色の短髪、黒縁眼鏡を着用していたとされる。

行方不明当時の服装は、黒色無地の長袖、白または灰色の長ズボン、カーキ色のサンダル。

警察は現在も情報提供を求めている。

些細な情報でも、心当たりがある場合は警察へ連絡してほしい。

3年以上が経過し、外見や身長などが変化している可能性もある。

いつか「6時頃帰る」という言葉の続きが、家族のもとへ届くことを願いたい。