2026年8月19日。

東京・大手町にある平将門の首塚で、一人の男性配信者が奇妙な行動に出た。

配信者の名は愛之助。

ライブ配信サービスKickで活動していた人物だ。

石碑によじ登り、抱きつく、奇声を上げる。

その様子はインターネットで生配信され、瞬く間に拡散された。

「よりによって、そこに登ったのか」

「将門塚だけは洒落にならない」

ネット上には、そんな声が相次いだ。

しかし、この話がさらに不気味な方向へ動き始めたのは、その数日後だった。

平将門の首塚に登った配信者

問題の配信が行われたのは、2026年8月19日。

ライブ配信サービスKickで活動する男性配信者が、東京都千代田区大手町にある将門塚を訪れた。

そこで男性は、将門塚の石碑によじ登り、抱きつくなどする様子を生配信した。

映像はネット上で拡散され、大きな批判を浴びた。

その後、男性はアカウント停止の措置を受け、自身の行為について謝罪。

将門塚を管理する史蹟将門塚保存会も、警視庁丸の内署に相談したと報じられている。

もちろん問題なのは、祟られるかどうか以前の話だ。

将門塚は現在も平将門を供養する場所として大切に守られている。

では、なぜ今回の出来事に対して、平将門の祟りでは?

という言葉がこれほどまでに出てくるのだろうか。

その後記録的な大雨が。将門の祟りが拡散?

将門塚での配信から3日後。

8月22日、関東では道路が冠水するほどの記録的な激しい雨が降った。

翌23日にも関東で最大震度5弱

8月23日未明。

茨城県南部を震源とする地震が発生した。

最大震度は5弱。

東京23区でも強い揺れが観測された。

将門塚での騒動から、わずか数日。

配信
↓
大雨
↓
地震

という出来事が立て続けに起きたことで、SNSでは再び、

「平将門の祟りでは?」

「タイミングが怖すぎる」

「将門塚に登った直後にこれか……」

といった声が広がった。

さらに日本の南では台風も発生。

台風まで含めて「将門公の怒りではないか」と結びつける声まで現れた。

だが、台風については将門塚での騒動が起きる前から気象庁が熱帯低気圧の動きを発表していた。

地震や豪雨についても、将門塚との因果関係を示す証拠はない。

しかし、多くの人が祟りであると感じるのは、この場所に残された歴史にあるのではないだろうか。

なぜ将門塚はこれほど恐れられているのか

平将門。

平安時代中期、関東で勢力を広げ、自らを「新皇」と称したとされる武将である。

朝廷と対立した将門は940年、戦いの中で命を落とした。

そして、その首は京都へ運ばれ、さらされたという。

※画像はイメージです

首が空を飛んで東京へ戻った?

ここから先は、歴史ではなく伝説の世界になる。

京都でさらされていた将門の首。

ところが、その首は死んだ後も目を開き、

「私の胴体はどこにある」

と叫んだとも伝えられている。

そしてある夜。

将門の首は突然宙へ浮かび上がり、故郷である関東を目指して東へ飛んでいった。

やがて落下したと伝えられる場所の一つが、現在の東京・大手町だ。

そこに残されているのが、将門塚、いわゆる「平将門の首塚」である。

※画像はイメージです

塚を粗末にすると災いが起こる?

将門塚には、昔からある奇妙な伝承が残されている。

塚が荒れ果てた時代、周辺で疫病などの災いが起きた。

人々は、将門の霊が怒っていると恐れた。

そこで塚を修復し、将門を丁重に供養したところ、災いが収まったそうだ。

そして将門の「祟り」を現代まで有名にした出来事が、さらに後の時代に起きる。

大蔵省と「将門の祟り」

1923年、関東大震災によって周辺が被害を受けた後、大蔵省の再建工事が行われた。

その際、将門塚のあった場所も工事の対象になった。

ところがその後、大蔵大臣や関係者が亡くなるなど、不幸が相次いだため、この一件は強烈な物語として残った。

※1923年ごろの将門塚

そしていつしか将門塚は、国税庁のホームページにも記載が確認されるほどになり、東京で最も粗末に扱ってはいけない場所の一つとして語られるようになっていく。

https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/quiz/1110/index.htm

祟りは本当に起きたのか?

※普段は管理が行き届いている将門塚。平将門の首が京都から故郷へ飛んで帰ったという伝承にちなみ、行方不明者の安否確認や、不本意な転勤からの復帰、無事に戻ることを願う縁起としても知られています。境内には多くの「蛙(カエル)」の置物が奉納されています。

結論から言えば、今回の地震や豪雨、台風が「平将門の祟り」によって発生したことを示す証拠はない。

地震は地下で起きる自然現象であり、台風も大気と海洋の条件によって発生する。

科学的に考えれば、今回の出来事を将門塚と結びつける理由はない。

それでも――

1000年以上前に命を落とした武将を祭った塚、

塚を壊した後に相次いだと語られる不幸、

その石碑によじ登った配信者、

数日後の豪雨、翌日の地震。

人間は偶然が重なると、そこに物語を見つけてしまう。

まして、その中心にあるのが、という日本屈指の怨霊伝説ならなおさらだ。

この場所には1000年以上もの物語が積み重なっている。

祟りなど存在しない、今回の災害も偶然だ、そう考える者もいるだろう。

だがもし将門塚の前に立ったとして。

あなたは、あの石碑によじ登ることができるだろうか。

あわせてよみたい👀

①「動かすと祟られる」平将門の呪いとは?首塚で起きたとされる恐ろしい出来事まとめ

②「絶対に入ってはいけない」日本に実在する禁足地。今も立ち入りを拒む場所