「リジー・ボーデンは斧を取り、母親を40回殴った――」

そんな不気味な歌とともに、100年以上語り継がれている女性がいる。

その名は、リジー・ボーデン。

1892年、アメリカ・マサチューセッツ州フォールリバーで、彼女の父親と継母が自宅の中で惨殺された。

凶器は、斧のような鋭利な道具。

そして事件後に最も強く疑われたのが、同じ家に暮らしていた娘のリジーだった。

しかし裁判の結果、彼女は無罪となる。

では一体、あの日、ボーデン家で何が起きたのだろうか。

現在Netflixでもこの事件を題材にした作品が配信され、再び注目を集めている。

今回は、今なお真相が分かっていない「リジー・ボーデン事件」について紹介する。

登場人物

事件が起きたのは、1892年8月4日。

場所は、アメリカ・マサチューセッツ州フォールリバー。

※1892年当時のセカンド・ストリートの様子

この事件には4名の人物が関わっている。

※左から父親のアンドリュー・ボーデン、継母のアビー・ボーデン、次女のリジー・ボーデン、長女のエマ・ボーデン。メイドのブリジットは当時の写真は残されていなかった。

このうち姉のエマは、事件当日家を離れていた。


※当時のボーデン家

惨殺されたボーデン夫妻

まず発見されたのは、リビングのソファに横たわる父アンドリューだった。

彼の顔や頭部には、複数回にわたって斧のような凶器で攻撃された痕が残っていた。

その姿は、一目で通常の死ではないと分かるほど凄惨だったという。

※発見されたアンドリューの遺体

さらに家の中を調べると、2階の客間からもう1人の遺体が発見される。

それが継母のアビーだったのだ。

アビーもまた、頭部を何度も殴られて死亡していた。

※発見されたアビーの遺体

調査の結果、アビーはアンドリューよりも先に殺されていた可能性が高いと判断された。

つまり犯人は、まず2階でアビーを殺害し、その後しばらくしてから1階でアンドリューを殺害した可能性があった。

同じ家の中で、時間を空けて2人が殺されていたことになる。


※ボーデン家の間取り図

最も疑われた娘のリジー

事件後、警察の疑いは次第にリジーへ向かっていく。

理由のひとつは、事件当時、彼女が家の中にいたことだった。

※リジーボーデンの肖像画

さらに、彼女の証言には曖昧な点や矛盾があるとみられた。

父親が殺された時間帯について、リジーは納屋にいたと説明した。

しかし、その時間帯に本当に納屋へ行っていたのか?

どの程度そこにいたのか?捜査側は疑問を持った。

疑わしい証言、証拠品が見つかる?

さらに事件前、リジーが薬局で青酸の一種とされる毒物を購入しようとしたが薬剤師が販売を断ったと証言している。

※薬剤師のイーライ・ベンス

この出来事は、事件後に非常に不気味なものとして注目されたが、裁判ではこの証言の扱いにも問題があり、決定的な証拠にはならなかった。

事件後、さらに疑惑を呼んだ出来事がある。

リジーが自宅で自分のドレスを燃やしていたのだ。

その理由について彼女は、「ペンキの汚れが付いていたため処分した」という趣旨の説明をしている。

しかし、斧による殺人が起きた直後に服を燃やすという行動は、当然ながら周囲の疑いを強め、証拠隠滅を強く疑われたのだ。

しかし、燃やされたドレスが事件当日に着ていた服だったと証明されたわけではないためこれも証拠にはならなかった。

※画像はイメージです。

殺人の動機はあったのか?

当時、ボーデン家では金銭や相続をめぐる不満があったとされている。

父アンドリューは裕福な人物だったものの、かなり倹約家として知られていた。

また、リジーと姉エマは継母アビーとの関係が良くなかったともいわれている。

特に、父親がアビー側の親族へ財産を与えたことで、娘たちが不満を持っていた可能性が指摘されている。

そのため事件後、「財産をめぐる家族間の対立が殺人につながったのではないか」という説が浮上した。

1983年、リジーは一度逮捕され殺人罪で裁判を受けることになった。

しかし、現場から明確な物的証拠も出てこなければ、リジーが実際に2人を殺した瞬間を見た人物もいなかった。


※リジー・ボーデン裁判を描いた当時のイラスト

父親と継母の殺人罪で裁判を受けた

結果、陪審はリジーに対して「無罪」の評決を下した。

こうして、彼女は法的には殺人犯ではないと判断された。

無罪となった後も、リジーへの疑いが消えることはなかった。

彼女は姉エマとともに、フォールリバーの別の大きな家へ移り住んだが、

「あの女が父親と継母を殺した」という噂が長く残り続けた。

リジーはその後もフォールリバーで暮らし、1927年に66歳で亡くなった。

事件について決定的な告白をすることは生涯なかったようだ。

有名になった「40回殴った」という歌

リジー・ボーデン事件がここまで長く語り継がれた理由のひとつが、事件を題材にした童謡だ。

その歌では、「リジー・ボーデンは斧を取り、母親を40回殴った。自分が何をしたのか気づくと、父親を41回殴った」という内容が語られている。

しかし、これは実際の検視記録とは一致しない。

実際に確認された傷の数は、歌で語られる「40回」「41回」より少ない。

つまり、この歌は事件をそのまま記録したものではなく、後世に作られたセンセーショナルな俗謡だった。

それでもこの歌は非常に有名になり、「リジー=斧で両親を惨殺した女性」というイメージを世界中に広めることになった。

本当の犯人は誰だったのか?

現在まで、
この事件にはさまざまな説が存在している。

リジー本人が犯人だったという説。

住み込みメイドが関与したという説。

家族以外の第三者が侵入したという説。

父アンドリューの仕事上の恨みだったという説。

さらには、複数の人物が協力した可能性まで語られている。

しかし、どの説にも決定的な証拠はない。

Netflix作品と実際の事件は同じではない

現在Netflixでは、リジー・ボーデン事件を題材にしたドラマ作品が配信されている。

ただし注意したいのは、ドラマはあくまで実話をもとにしたフィクション作品だということ。

人物同士の関係や、事件の動機、殺人がどのように行われたのかについては、創作や脚色が含まれている。

130年以上が経った現在も、ボーデン家殺人事件の真相は分かっていない。

本当にリジーは無実だったのか。

それとも、証拠を残さず完全犯罪を成し遂げたのか…

その答えを知っていた人物たちは、もう誰もこの世にはいない。

今となっては、残された証言とわずかな証拠から、その日の真相を想像することしかできないのかもしれない。